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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)77号 判決 1989年7月27日

原告 ダイムラー ベンツ アクチエンゲゼルシャフト

右代表者 ゲルト フィンク

同 イングリット クローメ

右訴訟代理人弁護士 加藤義明

同 清水三郎

被告 特許庁長官 吉田文毅

右指定代理人通商産業技官 南重之

同通商産業事務官 細井貞行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五七年審判第一二六八五号事件について昭和六三年一一月一七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一項及び第二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙第二に示されているとおりローマ字一二文字を横書きして成り、旧第二〇類「車両、船舶、その他運搬用機械器具及びその各部」を指定商品とする登録第四九〇五四〇号商標(昭和三〇年四月二二日登録出願、昭和三一年一〇月二九日設定登録、昭和五二年一月一八日及び昭和六一年一一月一三日商標権存続期間の更新登録。以下「本件登録商標」という。)の商標権者であるが、昭和五三年三月一四日、本件登録商標の防護標章として、別紙第一に示されているとおりローマ字一二文字を横書きして成り、第一八類「ひも、綱類、網類、包装用容器」を指定商品とする標章(以下「本願防護標章」という。)の登録出願(昭和五三年防護標章登録願第一六八九四号)をしたところ、昭和五七年二月二五日拒絶査定を受けたので、同年六月二一日審判を請求し、昭和五七年審判第一二六八五号事件として審理された結果、昭和六三年一一月一七日、「本件審判の請求の範囲は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同月二一日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。

二  審決の理由の要点

1  本願防護標章及び本件登録商標の構成及び指定商品は、前記のとおりである。

2  よって検討するに、本願防護標章及び本件登録商標の構成は、別紙第一及び第二に示されているとおり、ローマ字がその書体を異にし、かつ、ダブルクォーテーションマークの有無において差異があるから、両者は外観を著しく異にするものであって、本願防護標章は本件登録商標と同一の標章ということはできない。

3  したがって、本願防護標章を商標法第六四条に規定する要件を具備していないとして拒絶した査定は妥当であって、取り消す理由はない。

三  審決の取消事由

審決は、商標法第六四条の規定の趣旨を誤解した結果、本願防護標章は本件登録商標と同一の標章ということはできないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

すなわち、防護標章とその基となる登録商標とは同一でなければならないが、物理的に微細な点に至るまでこの態様が同一である必要はなく、同一の範囲の判断は、社会通念によって、また、防護標章制度の立法趣旨を十分に考慮して、適正かつ弾力的になされなければならない。

1  本願防護標章とその基となる本件登録商標は、別紙第一及び第二に示されているとおり、一二文字すべてが共通のローマ字で構成されているが、本願防護標章が一二文字すべてを大文字で構成しているのに対し、本件登録商標は「M」と「B」を大文字、他は小文字とし、かつ、全体をダブルクォーテーションマークでくくって構成している点のみにおいて差異を有するものである。

2  そこで、社会通念に従って考えると、取引者ないし需要者が、前記の大文字と小文字の区別、及びダブルクォーテーションマークの有無に格別の意義があるものと認識することは全くあり得ない。したがって、本願防護標章と本件登録商標との間の前記差異点が両者の外観、称呼及び観念に及ぼす影響は皆無であって、両者の自他商品識別力は同一であるから、本願防護標章と本件登録商標は同一のものというべきである。

3  防護標章制度の立法趣旨は、周知著名な商標の禁止的効力の拡大にあるが、審決は、商標の禁止的効力を画一的に拡大することは第三者の商標選択の自由を奪うおそれがあるとして防護標章と登録商標の同一性を厳格に解釈したものと考えられる。

しかしながら、本願防護標章と本件登録商標との差異点は前記のとおり微細なものにすぎないから、本願防護標章の登録によって本件登録商標の禁止的効力が不当に拡大することはあり得ない。

そして、防護標章の登録が登録商標と厳格に同一の標章についてのみ許されるとするならば、世界的に周知著名な本件登録商標と極めて類似する別紙第一の標章について、第三者が第一八類「ひも、綱類、網類、包装用容器」を指定商品とする商標登録出願をしても本件登録商標の禁止的効力が及ばないことになるが、これは防護標章制度の立法趣旨に明らかに反するといわねばならない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二は認める。

二  同三は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

すなわち、本願防護標章が別紙第一に示されているとおりのものであることは争わないが、防護標章登録を受け得る標章が登録商標の標章そのものであることは、商標法第六四条の規定の文理上明らかである。しかるに、本願防護標章と本件登録商標とは、文字の書体を異にするのみならず、ダブルクォーテーションマークの有無によって外観上著しい差異があるから、同一の標章とはいえないものである。したがって、本願防護標章は同条に規定する要件を具備しないとした審決の判断に誤りはない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否を判断する。

1  本願防護標章が別紙第一に示されているとおりのものであることは、当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によれば、本件登録商標は別紙第二に示されているとおりのものであることが認められる。

そこで、両者を対比してみると、両者は共通のローマ字一二文字を横書きにして成る点において基本的な構成が同一であるが、本願防護標章が一二文字すべてを大文字で構成しているのに対し、本件登録商標は「M」と「B」を大文字、他は小文字とし、しかも全体をダブルクォーテーションマークでくくって構成している点において、両者の間に差異があることは明らかである。

2  そこで検討するに、防護標章登録を受け得る標章が「登録商標と同一の標章」に限られることは、商標法第六四条が規定するところである。

原告は、防護標章とその基となる登録商標は微細な点に至るまで同一である必要がなく、同一の範囲の判断は弾力的になされるべきであると主張する。しかしながら、防護標章の制度は、商品混同を生ずるおそれがあることを要件として、登録商標の禁止的効力をその指定商品の非類似商品にまで拡大させるものであるから、登録商標の標章と同一の標章、すなわち登録商標の標章そのものでない限り防護標章登録を受け得ないことは、制度の前記趣旨からして当然というべきである。ただし、この点について、商標法は、第七〇条第一項に「第六四条における「登録商標」には、その登録商標に類似する商標であって、色彩を登録商標と同一にするものとすれば登録商標と同一の商標であると認められるものを含むものとする。」との規定を設けている。この規定は、要するに、標章の構成要素のうち色彩についてのみ同法第六四条に規定する同一性の要件を緩め、標章の構成要素のうち色彩のみが登録商標と同一でないが色彩を登録商標と同一にするならば登録商標と同一となる標章は例外的に防護標章登録を受け得るものとしたものであるから、標章の構成要素のうち「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合」については、それがいかに登録商標に酷似する標章であっても、登録商標の標章と同一でない限り防護標章登録を受けないことは疑いの余地がないのである。

この視点に立ってみると、本願防護標章の文字と、本件登録商標の文字及び記号の結合との間に、外観上明らかな差異があることは前記のとおりであって、本願防護標章が本件登録商標と「同一の標章」でないことはいうまでもない。したがって、本願防護標章は商標法第六四条に規定する要件を具備しないとした審決の判断に誤りはない。

3  この点について、原告は、防護標章の登録が登録商標と厳格に同一の標章についてのみ許されるとすると、周知著名な本件登録商標と極めて類似する別紙第一の標章について第三者が第一八類を指定商品とする商標登録出願をしても本件登録商標の禁止的効力が及ばず不当であると主張するが、そのような商標登録出願の排斥は商標法第四条第一項第一五号の規定の適用の問題であって、原告の右主張は同法第六四条の規定の同一性の解釈とはかかわりのない事項というべきである。

念のため付言するに、原告が本件登録商標に類似する標章について禁止的効力を望むならば、連合商標の登録出願の途を選ぶべきであって、これを防護標章の登録によって解決しようとするのは筋違いといわなければならない。ただし、連合商標は、登録商標に係る指定商品又はそれに類似する商品についてのみ禁止的効力が及ぶのであるから、結局、登録商標に類似する標章の禁止的効力を、登録商標に係る指定商品の非類似商品にまで拡大させること(本願防護標章の登録出願はこれを企図するものにほかならない。)は、商標法が許容していないところというべきである。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間の附加について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 岩田嘉彦)

<以下省略>

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